サマーウォーズ 仲里依紗さんのこと

思いついた時に、好きな事を書くぞ〜!
陣内由美役の仲里依紗さんは、素晴らしい芝居をした!みんなが凍り付いて動けなくなっているとき、恭平ちゃんが泣き出して、おっぱいをあげに行くシーン。「すみません、すみません」。この存在感、説得力は素晴らしかったと思います!何が起ころうが、戦争になろうが、赤ん坊はおっぱいを要求するのです。子どもは腹を空かせるのです。家族はそろって飯を食う事。この教えを一番最初に実行したのは、あの由美さんだったんですよ。
もちろん、野球の応援もよかった!あれくらいの女の人は、とにかくマイペース、自分中心、子ども中心、そして天真爛漫なんです。仲さんの雰囲気にぴったりでした。
実際、プロの声優を使え、とか、色々言っている人がいるようですが、私は今回の声優キャスティングは完璧だったと思いますよ。夏希の楽天的で天然な所とか、栄おばあちゃんの気っ風の良さとか、もう本当に、なりきってる、と言う感じで最高でした。そんな中でも、仲さんの「すみません、すみません」は最高に泣かせる演技でした。
また、気が向いたら書きます。

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サマーウォーズ

はまりました。サマーウォーズ。松浦さんのサイトで「はやぶさをモデルにしている人工衛星が出てくる映画。なかなかお薦め」と書いてあったのをたよりに、9月に入ってから見に行ったのですが、面白かった。感激した。泣いた。3回見に行って、見に行くたび泣ける場所が増えた!ノヴェライズを読みながら、又泣いた!あの後、私はこの印象がもったいなくて、映画を見に行ってません!暇があるとサマーウォーズについて書いてあるブログを探して読んでしまいます!公式ブログ、更新してくれー!
いったい、この状態がいつまで続くのか、自分でも不安になるくらいなのですが、そんなのカンケーネー!と言い切ってしまうくらい、異常なはまり方をしています!ま、こんなたまにしか更新しない、怠けもんのブログを見ている人もいないと思うのですが、どうしても何か書きたいので、これから気が向いた時にサマーウォーズについて書きます。宇宙とは全然関係ないけど、でもそんなのカンケーネー!

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エンタとしての宇宙開発 3

今日は、気楽に思いつきを書くだけにします。

1、エンタとして盛り上がるものの最たるものは、何と言っても打ち上げ。これをもっとイベント化して、ついでに種子島の地域活性化にも役立つものにしちゃいましょう。今でもある程度はやってるのかも知れませんが、もっと大々的に、組織的に、地元も巻き込んでお祭りにしてしまうんです。JAXAでも色々やってるようですが、地元の巻き込みがイマイチな感じがします。(というか、すみません、私まだ種子島に行ったことが無いのです。ケネディ宇宙センターはあるんだけどな〜。あちらは言うまでもなく、めちゃくちゃエンタしてます!)打ち上げ情報をもっとお知らせして、旅行代理店に見学ツアーを企画させましょう。どうせ予定通りには上がらないんだから、すこし長めの滞在にして、ついでに色んなところを観光してもらえばいいんじゃないでしょうか。エンタはやっぱり、儲かるもんでないと広がりまへん。
2、儲かるといえば、やっぱりグッズ販売でしょう。宇宙戦艦ヤマトにおいて確立された、キャラを売り込みグッズで回収する、というビジネスモデルを宇宙開発にも導入しましょう。アパレル関係もまきこんで、Tシャツ、トレーナーはもちろん、宇宙服の技術を取り入れた防寒ジャケットを共同開発しちゃうとか。ユニクロあたりが乗ってこないかな〜。国際宇宙ステーションの中で着るラグビージャージをユニクロに作ってもらって、同じのを店で売る、とか。もし売ってたら、俺は絶対に買う!洗い替えを2着と、永久保存用に袋に入ったまま手をつけないのを1着、計3着は最低買います!あと、宇宙食。多分、服にも食べ物にも宇宙技術って入っているんでしょうけど、それをもっとアピールするんです。ダイエット、とか、アンチエイジングとかに効果のありそうな、宇宙食技術って無いですかね?
3、私はやらないのですが、H-Ⅱロケットをパチンコにしちゃうとか。CRかぐや、とか。最近はエヴァンゲリオンがテレビアニメだった、と言うことを知らない連中もいるらしいですから。パチンコの影響力、結構侮れないものらしいですよ。
4、日本の宇宙開発、映画にするにはちょっと地味でしょうか?でも、糸川英夫先生の話とか、面白くないですかね〜?昭和のにおいがプンプンする、ロケット打ち上げ物語、舞台は当然、秋田!日本の固体燃料ロケット技術が、世界にも比類の無いものであることをさりげなくアピールできるし。前にTBSでスペースシャトルを題材にしたドラマがありましたけど、日本の宇宙開発を題材にしたドラマなんて、だめすか?
5、それとやっぱり、アニメ!衛星や宇宙プロジェクトについて企画するとき、最初からアニメ化を前提に、サンライズやガイナックス、竜の子プロなんかに企画会議に参加してもらっちゃう!バンダイさんも欠かせません!この辺はグッズ販売とリンクして、開発の段階からかっこ良く、売れそうな、しかもイメージアップに役立ちそうなデザインを考えてもらうのです。そして、戦隊ヒーローの武器のように、テレビに登場したその日には売り場に展開されていると言う、鬼のようなマーケティングを繰り広げてもらうのだ!

後になるに従って、だんだん実現性が無くなってきましたね。(笑)また考えます。

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エンターテインメントとしての宇宙開発 2

すごくお久しぶりです。前回、気合いを入れすぎて続きが書けないでいました。色々思いつくのですが、宇宙政策が決まろうとしているこの時、こんなとりとめの無いことを書いている場合だろうか?などと考えすぎてしまったのです。でも、特に何かの委員になっている訳でも、意見を求められている訳でもないので、意識せずに思いつきを書いて行こうと思いました。

エンターテインメント、とは、enter=入れる、という言葉が入っているように、「人を仲間に引き入れる」「巻き込む」というような意味合いのある言葉だ、と言うのをきいたことがあります。仲間に引き入れて「楽しませる」。それがエンターテインメントの元々の意味なんだろうと思います。そうした意味で、宇宙開発は一般の人たちを「仲間に引き入れて楽しませる」必要があるのではないか、と思うのです。

よく、「宇宙開発なんかする金があるのなら、生活が苦しい人たちに分けてあげれば良い」「医療も十分に行き届いていないこの世界で、宇宙になんか行く必要があるのか?」なんて意見を耳にします。しかし、「プロ野球なんかに無駄な金を使う余裕があるのなら、困っている人に・・」とか、「アイドル歌手なんかに使う金があるのなら、生活が苦しい人たちに・・」などという意見は聞いたことがありませんよね?いったい何が違うんでしょう?「無駄」と言う点では同じなんじゃないでしょうか?
「宇宙開発は税金だから、使い道を一方的に決められている。プロ野球は見たい人たちが自分で金を払って見に行っている」確かにそうかもしれません。しかし、そうであればなおさら、プロ野球やアイドル歌手に対して「無駄」な金を使っている個人は、攻められるべきなんじゃないでしょうか?
もちろん私はスポーツや音楽を否定しようというのではありません。ただ、「無駄」という点では、人間にとって、飯食ってクソして寝る、という活動以外は、スポーツも音楽も宇宙開発も、みんな同列なのではないか、と言うことを言いたいのです。

では、スポーツや音楽と、宇宙開発の間に、どんな違いがあるのでしょう?(みなさん、これより多少の論理の飛躍が発生します。シートベルトをしっかりと締め、ショックに備えて下さい。)それは、「愛」です。

スポーツも音楽も、多くの人たちから愛されている。しかし、宇宙開発は愛されていない。これが私が考える最大の違いです。
スポーツは、みんなから愛されるために、常に人を楽しませることを第一義に考えている。そのためにはルールを変更することさえあります。音楽は、楽しむためのものであり、楽しくなかったら、感動を与えられなかったら、そして人々から愛されなかったら、音楽としての意味はありません。しかし今、宇宙開発は、就中、日本の宇宙開発は、人を楽しませる、感動させる、「愛される」なんてことに、これっぽっちも意を用いていないのではないでしょうか?

かつてのアポロ計画はその点、人々に感動を与えるために様々な意を用いていたと思います。宇宙船への愛称とキャラクターグッズ(スヌーピーとチャーリーブラウン、アポロとコロンビア、アポロキャップ、お菓子のアポロチョコレート、これは日本のお菓子屋さんが勝手に作ったものか?アポロ宇宙船のプラモデル、宇宙飛行士のブロマイド・・)詳細な記録映像とその公開、宇宙飛行士の講演旅行など、「納税者の理解を得るため」、NASAは全力を挙げてPRをしたのです。PR=public relations 公衆との関わり合いです。それによって、仲間に引き入れようとしたのです。つまり、entertainしようとしたのです。
前回のブログに書いた、モデルロケットを全国の学校で打ち上げさせる、というのも、エンターテインメントの一環と言えるでしょう。アメリカは、ケネディが掲げた「60年代に人類を(アメリカ人を)月に送り、無事に帰還させる」という目標を達成するために、国を挙げて国民を「エンターテイン」したのではないでしょうか?
アメリカはエンターテインメントの国、と言われますが、それは、国民を巻き込み、鼓舞するための手段として、あらゆる場面でエンターテインメントが行われている、と言うことなのではないでしょうか?

我が国に於いては、「宇宙開発とは、お上がやる立派な仕事なのだ。民草が口出しするようなものではない!!」という意識があるのではないでしょうか?国民を巻き込み、楽しませ、愛される宇宙開発、などという「程度の低い」議論に付き合う暇はない、と言う意識が、今宇宙開発を議論している皆さんの中に、ありはしないでしょうか?

私は、国家がプロジェクトを進めるにあたって、国民を巻き込み鼓舞する、エンターテインメントとしての宇宙開発を今こそ進めるべきだと思うのです。そして、これが初めての例となって、我が国は官僚が民草を導く官主主義国家から、国民の支持と何よりも「愛」が国を動かす、本当の意味の民主主義国家に脱皮して行くことができるのでは、とすら考えているのです。

なんか、やっちゃいましたね。続きがまた書きにくくなりました。次はもっと具体のアイディアみたいなのを徒然なるままに書き連ねてみたいと思います。

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宇宙戦略〜エンターテインメントとしての宇宙開発 1

宇宙戦略についての議論が様々な所で盛んに行われています。私もこのブログを通じて参加したいと思います。私は文学部の国文学専攻を卒業したバリバリの文系人間で、技術的なことには疎いのですが、小松左京で卒論を書いたSF好きでもあります。なので、ここは敢えてずれた話をしようと思います。題して、「エンターテインメントとしての宇宙開発」

私は地方の民間放送で記者をしています。その取材活動の中で、宇宙開発に挑む学生の取材をしてきました。そしてそれを放送するに当たって、常に感じているのが、一般視聴者と宇宙開発に取り組む側との意識の隔たりです。
ロケットだ、宇宙だ、と言っても、興味があるのは実はごく一部の人たちで、ほとんどの人にとってはどうでもいいことなのだ、と言う事実を、何度も見せつけられてきました。学生たちが必死になってロケットを打ち上げるイベントを放送しても、反響らしい反響がありません。私の力量不足が大きいとは思いますが、社内的にも、「わかりにくい」「意味がわからない」「個人的趣味」という反応が多く、やっぱり宇宙というのは大抵の人たちにとってどうでもいいことなんだろうなぁ、と思ってしまいます。
この状態で宇宙戦略について論じても、まず、大抵の人たちにとっては全く関係のない話で終わってしまいます。大方の国民は、宇宙開発に税金を使ってもらいたい、なんて思っていない。できれば少しでも税金を安くしてほしい。年金がしっかりもらえるようにしてほしい。子供の医療費をただにしてほしい。・・etc・・etc。すると、何が起きるか。どうやったら納税者をごまかして、どんな名目をつけて(実際とは違う目的に)税金を使わせるか、という話になってしまいます。そして納税者たちは、ますます宇宙開発に縁遠く、場合によっては嫌いになってしまいます。こんな状態で、国家的な宇宙戦略なんて立てられるんでしょうか?

これは、日本モデルロケット協会の方から聞いた話なのですが、ロケット花火の親分みたいな、モデルロケットのエンジンというのは、ケネディ大統領が(確かNASAに命じてだったと思います)開発させたものなのだそうです。
スプートニクが打ち上がってからというもの、アメリカ中の子どもたちが我も我もと鉄パイプに黒色火薬を詰めて打ち上げ、民家のガラス窓を割る事故が頻発した。ケネディはこれを禁止させるのではなく、安全に打ち上げることができるロケットを若者に与えよ、そしてアメリカ中の学校で、理科の授業でロケットを打ち上げさせよ、と命じた。
こうしてアメリカ人は、ロケットを飛ばす楽しさと、何よりもその難しさを体験することになったのです。月着陸を目指していたケネディは、これによって宇宙開発に理解のある納税者を育てようとしたのだそうです。ロケットづくりの楽しさと難しさを知っていれば、開発の過程で失敗があったとしても、すぐに止めてしまえ、と言うことにはならないでしょう。これまでに多くの犠牲者を出してきたスペースシャトルにしても、失敗したからもうやめよう、と言うことにはならなかったのもそのせいだったのではないでしょうか?

これに対して我が国は、民間レベルでの宇宙開発に対する理解を浸透させようと言う取り組みが、ほとんど行われていません。これがないとどうなるか、と言うことを示す格好のエピソードが、我がふるさとにはあります。
私が住んでいる秋田県は、戦後、日本で初めてロケットが打ち上げられた場所です。岩城町(現在の由利本荘市)道川海岸で、1955年8月、糸川英夫博士のチームが作った、ペンシルロケットの、初めての垂直方向への打ち上げが(水平方向の発射は4月に東京で行われていた)行われました。それ以来、6年間に渡って数多くのロケットが打ち上げられました。最高到達高度は200キロに達し、これ以上上がると中国や北朝鮮に行ってしまうかも、と言う心配がささやかれるほどになっていました。
そうしたなか、1962年5月に行われた実験で、初めての大きな事故が起きたのです。(上昇中のロケットが爆発、破片が飛び散って民家の土蔵を壊した。人畜に被害は無し。岩城町史より)逆に言えば、それまで技術的トラブルはあったものの、60回以上の打ち上げの中で、事故らしい事故は1度も起きていなかったのです。
地元の人たちは、ロケットというのは安全なものだと思いこんでしまった。さらに、糸川先生のチームも、夢を拡げる話はするものの、注意を喚起する話は、ブレーキがかかることを嫌ってかほとんど話していなかったようです。このため、地元の人たちは一発でぶるってしまった。「もう止めてほしい」「出て行ってくれ」地元の人たちはロケット実験なんてこりごりだ、と言うことになってしまったのです。短期間に目覚ましい成果を上げ、世界的にも注目を集めていた実験場を、たった1度の事故で追い出してしまったのです。
もっとも、その当時鹿児島県の内之浦に新しい実験場が建設中で、秋田ではいずれ打ち上げができなくなるだろう、と言われてはいたのですが、向こうの都合で出て行くのと、追い出してやるのでは、対応が全く違ってくるでしょう。岩城町には結局、ロケット発祥の地、という石碑が一つ残っただけで、後は何も無くなってしまったのです。
このエピソードが示すように、宇宙開発は、一般市民の理解無くしては進められないものです。

そのために、何をすべきか?また日を改めて書きたいと思います。

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「庭から昇ったロケット雲」見ました(ネタバレ有り)

このブログを始めるきっかけだった映画「庭から昇ったロケット雲」は、結局わが町の映画館で公開されることはありませんでした。残念です。残念ですが、しょうがないので、DVDで見ました。う〜ん、DVDで見たせいかもしれない、と思うのですが、ちょっと・・・。と言う部分と、激しく感情移入できた部分が混じり合っていました。

まず、ロケット。すごく立派で、ありそうなんだけど、あんなものを一人で作った、と言うのはあまりにも非現実的。親父が乗って、息子が1人で地上管制やって、地球を一周して帰ってくる、と言う流れは、もはやファンタジーとして見るしかないな、と言う感じです。確かに、牧場の納屋から打ち上げられたロケットは美しかった。この映像を撮影するための設定だったのだろうな〜。
そんな中で、ブルース・ウィリスが出てくると、いきなり画面が現実味を帯びてくるのはさすが。やっぱり役者と言うのは存在感が大事ですね。
あと、前半で奥さんとけんかしたり、幼なじみから金借りて返せなくなって絶交したり、と言った身につまされる話は現実味も生活感もあり、感情移入できました。
あと、主人公が宇宙にこだわる訳を分析したカウンセラーが言っていた、父親に対する敵意、というのは、よくわかる。この部分では激しく感情移入できてしまった。
この主人公は父親が死んでしまったため、故郷の農場を継がなければいけなくなり、宇宙飛行士の夢をあきらめたのだったが、私は小さい頃、小学校2年生くらいの頃だったと思うが、父親から宇宙飛行士の夢をつぶされたことがあります。アポロの月着陸が半年に1回ずつ行われているような時代、私は毎日毎日、宇宙宇宙と大騒ぎしていた。そんな私に父親は「宇宙飛行士と言うのは、アメリカ人かソビエト人でなければなれないのだ。日本は月ロケットなんか作ったりしない」と言ったのでした。
こう言われて、涙ながらに月を見上げてあきらめてしまうような人間だったのだから、所詮宇宙飛行士にはなれっこ無かったんでしょう。ある宇宙飛行士は子供時代に父親から「宇宙に行くなんて、そんなことできる訳無いだろう」と言われた時、「この人はこんなこともわからないのか。しょうがない人だ」と思ったのだそうです。
考えてみれば、「遠い空の向こうに」でも、鉱夫をしている父親への反発、というのが重奏低音として流れていました。果てしなく遠い所に出て行く、行こうとする若者、というのは、実は父親を乗り越えようとしているのかもしれない。父親を乗り越えるためには、夢をかなえなければならない。そんなストーリーに共感してしまうのは、私がいまだに子供の頃のことを引きずっているからなのでしょう。

ファンタジーとしか言いようの無い設定にシラケてしまう部分はあるものの、主人公の気持ちには結構感情移入ができた。あと、子供たちがめちゃくちゃかわいい。と言う訳で、まずまず楽しく見れた映画でした。

ちなみに父との関係ですが、まぁ、向こうも年だし、年寄りいじめてもいいこと無いだろう、ということで、今は仲良くやってます。でも、心の中にはまだ・・・。だから宇宙に行きたい、なんて言ってる訳なんですが。

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日記代わり

見てもらいたい、という気持ち無しで、書きたいことだけ書いたら、なんだか気持ちがよかったので、今日からは日記代わりに書きたいこと書くことにしました。

知り合いの先生に「ザ・ムーン」をお薦めするメールを送った。絶対、劇場で見るべきだ、って。あれは本当に「体験」だった。小さなモニターから得られるのは映像情報だけど、スクリーンから得られるのは映像体験。この差は大きいと思う。ほんとに見た後、だれ彼構わず話しかけたくなったし、ありがとうを言いたくなったし、背筋が伸びたような気がした。
「宇宙船地球号」という言葉が、実感を持って迫ってくるようだった。そう、ここだって宇宙だ。俺たちも宇宙飛行士だ。彼らはポッドに乗って、船外で活動してきたんだ。そう思うと、何気なくやっている一つ一つのことが、なんだかとても大切なものに思えてくる。車の運転も、仕事も、家族とのふれあいも。新聞が届く、電気が使える、水道で水が飲める、コンビニにおにぎりが売っている、みんなみんな、ありがとう!
俺はいったい、何を言い出したんだろう?だけど、これは本当のことなんだ。こんなことを思わせてしまう、それが映像体験というものだ。
もっとも、朝6時半に出発して、3時間以上もかけて、高速代5100円も払って、そこまでしてみてるんだ、何かを感じるぞ、という意気込みも半端ではなかったが。そうはいっても、それをあっさり裏切られたようなことも過去にはあった。やっぱりいい映画だ。

「庭から昇ったロケット雲」は、結局この前DVDを借りてきて見た。感想は・・。
日を改めて書くことにしよう。

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ザ・ムーンを見た

ものすごくお久しぶりです。これだけほったらかしにしてると、多分誰も見てないと思うけど、きょうはどうしても書きたくなってしまいました。
きょう、「ザ・ムーン」を見てきました。アポロの月着陸をテーマにしたドキュメンタリー映画です。宮城県の利府町という所まで行って。これも秋田の映画館でやってなかったものだから。片道250キロ、高速代が片道5100円ですよ!
でも、見に行ってよかった・・。あの映画は、スクリーンで見なければ。DVDもいいかもしれないけど、やっぱりスクリーンですよ!
月に向かって降下して行く月着陸船のスピード、でこぼこの月の表面の迫力、月着陸がいかに大変な、命がけの冒険だったのかが、「体験」できたような気がします。
その後、宇宙飛行士が言った「みんな何を文句ばかりいっているんだ。私たちは”エデンの園”に住んでいるというのに」という言葉が、すごいリアリティを持って迫ってきました。
映画が終わって帰る時、映画館のモギリのお姉さんに、思わず「ありがとう」といってしまいました。「秋田から来たんです、どうしても見たくて・・」と言っているうちに涙が出てきてしまって、恥ずかしくなって言うだけ言ってスタスタと出てきてしまいました。気のせいか、映画館のお姉さんももらい泣きしてたような・・。なんだか、いろんなもの、いろんな人に、ありがとうと言いたい気持ちになりました。
「ザ・ムーン」、お薦めです!あと、利府町のMOVIXさん、とってもすてきな映画館でした。パンフレットを売ってくれる時、白い手袋をはめて光沢のある表紙に指紋をつけないようにするなんて、初めて見ました。また行くことは多分無いと思うけど、ありがとうございました。

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庭から昇ったロケット雲 2

ご無沙汰致しております。「庭から昇ったロケット雲」、公開になりました。映画を見るために休みをつぶして秋田から東京まで行くこともできず、私はまだ見ておりませんが、各ポータルサイトの映画情報には、既に見た方のレビューが載っています。
Yahoo映画はこんな具合。
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id330282/

おお、結構いいここと書いてくれてますね。厳しいコメントも中にはありますが、ま、見た人全員がいいこと書いてくれる映画なんてありませんから。

あっ、@ニフティでは、注目の映画第4位にランキングされてますよ!
http://movie.nifty.com/cs/catalog/movie_movie/catalog_148497_1.htm

注目、というのは誰がしているのかわかりませんが、ヒットを願うものとしてはうれしい限りです。レビューに書いてあった能代のロケットイベント、楽しいですよ。これについては後で詳しく書きたいと思いますが、あれに注目してくれている人が見ていた、なんて、うれしいですね。
みなさん、どんどん見に行ってください!そして、全国拡大上映を目指しましょう!(言っときますけど、私は断じて配給会社の回し者じゃありませんから。)

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「2001年宇宙の旅」

「2001年宇宙の旅」がふたたび公開されるそうです。

http://www.shochiku-eigakan.com/event/details.htm?news_id=628
(リンクにするとうまく表示されませんでした。お手数ですが、コピー&ペーストでご覧になってください)

何回見たことでしょう?一番最初は、1980年、新宿歌舞伎町の映画館のオールナイト上映でした。歌舞伎町という所は、大学に入ったばかりの田舎もんの私にとっては、まるで地獄の1丁目みたいに怖いところでしたが、どうしても見たい、ということで、日の高いうちに映画館の近くを下見して、それからオールナイトに繰り出したものでした。
その後も、何度も何度も見ては、どういう意味だったんだろう?と考えさせられる映画でした。それから、バリーリンドン、シャイニング、フルメタルジャケットと、キューブリック監督の映画はずいぶん見ました。でも、やっぱり2001年が最高です。

ただ、この映画には最近になってちょっとケチがついてますね。アポロの月着陸は無かった、という冗談番組を真に受けて、宇宙開発関係者は全部グルになって世の中をだましているのだ、と言い出しかねないくらいの勢いで、某副島さんとかいう人が本を書いたりしてます。(お金がもったいないので、買って読んだりはしていませんが)その冗談番組の中では、アポロの月着陸はスタンリー・キューブリックが撮影した、ということになってました。映画史に残る名作、「2001年宇宙の旅」を撮影した名監督が、腕によりをかけて月着陸のシーンをでっち上げた、と。

この話を真に受けた皆さん、「2001年宇宙の旅」を見たこと、ありますか?私はビデオを持っているので何度でも見ることができます。あの映画の中の、宇宙服を着た人たちが月面を歩くシーン、ご存知ですか?彼らは小さな歩幅でヨチヨチと、慎重に月の上を歩いていました。重たい宇宙服を着たまま、ピョーン、ピョーンと月の上を跳ね回る、なんてシーンは、1カットも出てきていません。
あの天才、キューブリック監督ですら、重力が6分の1になる月の上では、ピョンピョン跳ね回った方が動きやすい、なんてことは、想像がつかなかったんでしょうね。この一事をもってしても、最近の月着陸でっち上げ論の震源地となったあの番組が、単なる冗談番組だったことがよくわかると思います。

ただ、「2001年宇宙の旅」が完全なリアリズムでないからと言って、映画としての価値が落ちるかといえば、そんなことは断じてありません。あの映画は、未知なるものに挑む人類の勇気、というよりも「運命」とでも呼ぶべきものを描ききった、不朽の名作です。

また、大きいスクリーンで見たいなぁ。

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