« 2009年2月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年4月

エンタとしての宇宙開発 3

今日は、気楽に思いつきを書くだけにします。

1、エンタとして盛り上がるものの最たるものは、何と言っても打ち上げ。これをもっとイベント化して、ついでに種子島の地域活性化にも役立つものにしちゃいましょう。今でもある程度はやってるのかも知れませんが、もっと大々的に、組織的に、地元も巻き込んでお祭りにしてしまうんです。JAXAでも色々やってるようですが、地元の巻き込みがイマイチな感じがします。(というか、すみません、私まだ種子島に行ったことが無いのです。ケネディ宇宙センターはあるんだけどな〜。あちらは言うまでもなく、めちゃくちゃエンタしてます!)打ち上げ情報をもっとお知らせして、旅行代理店に見学ツアーを企画させましょう。どうせ予定通りには上がらないんだから、すこし長めの滞在にして、ついでに色んなところを観光してもらえばいいんじゃないでしょうか。エンタはやっぱり、儲かるもんでないと広がりまへん。
2、儲かるといえば、やっぱりグッズ販売でしょう。宇宙戦艦ヤマトにおいて確立された、キャラを売り込みグッズで回収する、というビジネスモデルを宇宙開発にも導入しましょう。アパレル関係もまきこんで、Tシャツ、トレーナーはもちろん、宇宙服の技術を取り入れた防寒ジャケットを共同開発しちゃうとか。ユニクロあたりが乗ってこないかな〜。国際宇宙ステーションの中で着るラグビージャージをユニクロに作ってもらって、同じのを店で売る、とか。もし売ってたら、俺は絶対に買う!洗い替えを2着と、永久保存用に袋に入ったまま手をつけないのを1着、計3着は最低買います!あと、宇宙食。多分、服にも食べ物にも宇宙技術って入っているんでしょうけど、それをもっとアピールするんです。ダイエット、とか、アンチエイジングとかに効果のありそうな、宇宙食技術って無いですかね?
3、私はやらないのですが、H-Ⅱロケットをパチンコにしちゃうとか。CRかぐや、とか。最近はエヴァンゲリオンがテレビアニメだった、と言うことを知らない連中もいるらしいですから。パチンコの影響力、結構侮れないものらしいですよ。
4、日本の宇宙開発、映画にするにはちょっと地味でしょうか?でも、糸川英夫先生の話とか、面白くないですかね〜?昭和のにおいがプンプンする、ロケット打ち上げ物語、舞台は当然、秋田!日本の固体燃料ロケット技術が、世界にも比類の無いものであることをさりげなくアピールできるし。前にTBSでスペースシャトルを題材にしたドラマがありましたけど、日本の宇宙開発を題材にしたドラマなんて、だめすか?
5、それとやっぱり、アニメ!衛星や宇宙プロジェクトについて企画するとき、最初からアニメ化を前提に、サンライズやガイナックス、竜の子プロなんかに企画会議に参加してもらっちゃう!バンダイさんも欠かせません!この辺はグッズ販売とリンクして、開発の段階からかっこ良く、売れそうな、しかもイメージアップに役立ちそうなデザインを考えてもらうのです。そして、戦隊ヒーローの武器のように、テレビに登場したその日には売り場に展開されていると言う、鬼のようなマーケティングを繰り広げてもらうのだ!

後になるに従って、だんだん実現性が無くなってきましたね。(笑)また考えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エンターテインメントとしての宇宙開発 2

すごくお久しぶりです。前回、気合いを入れすぎて続きが書けないでいました。色々思いつくのですが、宇宙政策が決まろうとしているこの時、こんなとりとめの無いことを書いている場合だろうか?などと考えすぎてしまったのです。でも、特に何かの委員になっている訳でも、意見を求められている訳でもないので、意識せずに思いつきを書いて行こうと思いました。

エンターテインメント、とは、enter=入れる、という言葉が入っているように、「人を仲間に引き入れる」「巻き込む」というような意味合いのある言葉だ、と言うのをきいたことがあります。仲間に引き入れて「楽しませる」。それがエンターテインメントの元々の意味なんだろうと思います。そうした意味で、宇宙開発は一般の人たちを「仲間に引き入れて楽しませる」必要があるのではないか、と思うのです。

よく、「宇宙開発なんかする金があるのなら、生活が苦しい人たちに分けてあげれば良い」「医療も十分に行き届いていないこの世界で、宇宙になんか行く必要があるのか?」なんて意見を耳にします。しかし、「プロ野球なんかに無駄な金を使う余裕があるのなら、困っている人に・・」とか、「アイドル歌手なんかに使う金があるのなら、生活が苦しい人たちに・・」などという意見は聞いたことがありませんよね?いったい何が違うんでしょう?「無駄」と言う点では同じなんじゃないでしょうか?
「宇宙開発は税金だから、使い道を一方的に決められている。プロ野球は見たい人たちが自分で金を払って見に行っている」確かにそうかもしれません。しかし、そうであればなおさら、プロ野球やアイドル歌手に対して「無駄」な金を使っている個人は、攻められるべきなんじゃないでしょうか?
もちろん私はスポーツや音楽を否定しようというのではありません。ただ、「無駄」という点では、人間にとって、飯食ってクソして寝る、という活動以外は、スポーツも音楽も宇宙開発も、みんな同列なのではないか、と言うことを言いたいのです。

では、スポーツや音楽と、宇宙開発の間に、どんな違いがあるのでしょう?(みなさん、これより多少の論理の飛躍が発生します。シートベルトをしっかりと締め、ショックに備えて下さい。)それは、「愛」です。

スポーツも音楽も、多くの人たちから愛されている。しかし、宇宙開発は愛されていない。これが私が考える最大の違いです。
スポーツは、みんなから愛されるために、常に人を楽しませることを第一義に考えている。そのためにはルールを変更することさえあります。音楽は、楽しむためのものであり、楽しくなかったら、感動を与えられなかったら、そして人々から愛されなかったら、音楽としての意味はありません。しかし今、宇宙開発は、就中、日本の宇宙開発は、人を楽しませる、感動させる、「愛される」なんてことに、これっぽっちも意を用いていないのではないでしょうか?

かつてのアポロ計画はその点、人々に感動を与えるために様々な意を用いていたと思います。宇宙船への愛称とキャラクターグッズ(スヌーピーとチャーリーブラウン、アポロとコロンビア、アポロキャップ、お菓子のアポロチョコレート、これは日本のお菓子屋さんが勝手に作ったものか?アポロ宇宙船のプラモデル、宇宙飛行士のブロマイド・・)詳細な記録映像とその公開、宇宙飛行士の講演旅行など、「納税者の理解を得るため」、NASAは全力を挙げてPRをしたのです。PR=public relations 公衆との関わり合いです。それによって、仲間に引き入れようとしたのです。つまり、entertainしようとしたのです。
前回のブログに書いた、モデルロケットを全国の学校で打ち上げさせる、というのも、エンターテインメントの一環と言えるでしょう。アメリカは、ケネディが掲げた「60年代に人類を(アメリカ人を)月に送り、無事に帰還させる」という目標を達成するために、国を挙げて国民を「エンターテイン」したのではないでしょうか?
アメリカはエンターテインメントの国、と言われますが、それは、国民を巻き込み、鼓舞するための手段として、あらゆる場面でエンターテインメントが行われている、と言うことなのではないでしょうか?

我が国に於いては、「宇宙開発とは、お上がやる立派な仕事なのだ。民草が口出しするようなものではない!!」という意識があるのではないでしょうか?国民を巻き込み、楽しませ、愛される宇宙開発、などという「程度の低い」議論に付き合う暇はない、と言う意識が、今宇宙開発を議論している皆さんの中に、ありはしないでしょうか?

私は、国家がプロジェクトを進めるにあたって、国民を巻き込み鼓舞する、エンターテインメントとしての宇宙開発を今こそ進めるべきだと思うのです。そして、これが初めての例となって、我が国は官僚が民草を導く官主主義国家から、国民の支持と何よりも「愛」が国を動かす、本当の意味の民主主義国家に脱皮して行くことができるのでは、とすら考えているのです。

なんか、やっちゃいましたね。続きがまた書きにくくなりました。次はもっと具体のアイディアみたいなのを徒然なるままに書き連ねてみたいと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年11月 »